もし横溝がこの学園裁判ものをシリーズ化していたら
「化学教室の怪火」（横溝正史）
（「横溝正史探偵小説選Ⅰ」）論創社
｢葛野くんは決して
犯人ではありません｣。
M中学校化学教室放火事件の
犯人として断罪されていた
葛野を救ったのは、
同級生･速水の一言であった。
黙秘している葛野に代わって
速水は、教師たちの持っている
証拠を突き崩していき…。
1922年に雑誌｢中学世界｣に発表された、
横溝正史の初期の短篇です。
処女作｢恐ろしき四月馬鹿｣の
続編的内容となっています。
【主要登場人物】
速水健二
…M中学校四年級生徒。
同級生･葛野の無罪を主張。
葛野
…放火事件の犯人として
教職員に逮捕される。
香山
…数日前に退校処分を受けた同級生。
本作品の味わいどころ①
先進的な｢スクール裁判｣小説
｢恐ろしき四月馬鹿｣に次ぐ
｢スクール裁判｣小説です。
前作では学生と舎監(おそらくは大人)に
よる裁判でしたが、
今回は立派に(?)教職員が
警察･検察･判事を務めています。
当時そんな制度や風習が
あろう筈もなく、放火事件なら
当然警察が動いていなければならない
ところです。
｢恐ろしき｣でもそうでしたが、
｢現実離れ｣と考えるより、
舞台は｢アナザー･ワールド｣と
捉えた方が良さそうです。
だとすれば、
本作品はかなり前衛的です。
宮部みゆきの
｢ソロモンの偽証｣(2012年)、
榎伸晃･小畑健による
漫画｢学糾法廷｣(2015年)を、
約90年あまり先取りした
恐るべき作品と言えます。
本作品の味わいどころ②
金田一･由利以前の名探偵･速水登場
｢恐ろしき｣に次いで探偵役を務めるのが
学生･速水健二です。
頭の切れる秀才タイプです。
前作ではかなり嫌みな
キャラクターでしたが、
今回は冤罪を着せられそうになる
同級生を助ける
実直な人柄としての登場です。
この秀才型探偵、
ヤング･ホームズ的な雰囲気を
纏っていて、
これはこれで面白いのですが、
横溝自身はあまり気に入っては
いなかったのでしょうか、
後の作品にはこうした探偵像は
ほとんど登場させていません。
その後登場した由利麟太郎は
ホームズほど嫌みな感じはありません。
さらに金田一耕助は｢切れ者らしさ｣も
持ち合わせていません。
横溝の理想とする探偵像は
｢速水健二｣から始まり、
｢金田一耕助｣にたどり着いたと
みるべきでしょう。
本作品の味わいどころ③
短いながらも人情もの
｢恐ろしき｣が表題どおりのコントなら、
本作品は｢人情もの｣です。
葛野の疑いを晴らすだけでなく、
葛野がかばった人物･香山の無実をも
証明してしまうのです。
それにしても横溝がこの学園裁判ものを
シリーズ化していたら、
さぞかし面白いものに
なっていたのではないかと
ついつい思ってしまいます。
角川文庫には未収録のまま
埋もれかけていたのですが、
論創社が2008年に出版した本書で、
再び日の目を見ることとなりました。
論創社さん、いい仕事をしています。
※こちらもご覧下さい。
（2022.2.18）
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